思いもよらない展覧会「ガウディ×井上雄彦―シンクロする創造の源泉―」@六本木ヒルズ森アーツセンターギャラリー

特別展 建築家ガウディ×漫画家井上雄彦―シンクロする創造の源泉

思いもよらぬ出会いに「はーっ?」と思いました。ガウディと井上雄彦の間にどのような接点があったけ、と。建築家と漫画家?しかも100年近く前に亡くなったスペインの建築家とスラムダンクの漫画家?

スペインのサグダラ・ファミリアの建築家アントニ・ガウディ(1852-1926)とスラムダンクで知られている日本のトップ漫画家、井上雄彦(1967-)のコラボレーション展でした。この珍しい展は、「2013-2014日本スペイン交流400周年」の記念事業として企画されたとものです。スペインと日本を代表する二人の「夢のような」コラボ。確かにそうですね。非常に斬新な企画であり、日本ならではの企画です。

展覧会ではガウディと井上雄彦の作品が「ガウディの生涯」に沿って3つの期間に分けて展示されていました。各時期の建物がスケッチや写真、模型、家具などの順で展示され、各章毎に井上氏の漫画で描かれた物語が繰り広げられています。

ガウディの生涯を描いた井上雄彦
ガウディの生涯を描いた井上雄彦

生のガウディに出会うべくスペインに渡って作業を進めていた井上氏は「僕の役割っていうのは、ガウディっていうすごい深い世界の広い入口を、多くの人たちに向けてつくることだと思います」と言います。まさしくその通りでした。建築の実物を見せることは不可能ですが、見て楽しみ、学べるところもたくさんありました。何よりもガウディの感性が生の建築物を越え、井上雄彦という日本の漫画家によって再現されている点が非常によかったですね。展覧会は、人間ガウディに注目し、時系列に進んでいきます。井上雄彦によってガウディの生涯が描かれており、井上雄彦さんがどのようにガウディを理解したのかが伝わってきました。

第1章はガウディの芸術を作り上げるに当たって大いに貢献した二つの源泉をたどっています。ここでは井上氏が描く幼少時代のガウディと大学での課題設計などが紹介されています。ガウディが偉大なる建築家となるまで二人の先生に教わったことがわかりました。自然と大学教育です。ここでは、リウマチを患っていたガウディが建築家として認められるまでが描かれています。外で遊ぶことができず、自然を眺めながら育ちました。このような幼少時代が後の彼の作品に大きく影響を与えるようになります。

アントニ・ガウディ <<大学講堂:横断面>> 1877年10月22日 縮尺:1/50 卒業設計(建築家資格認定試験) 化繊紙に鉛筆、水彩、グアッシュ 65 x 90 cm カタルーニャ工科大学バルセロナ建築学部ガウディ記念講座蔵 ©Càtedra Gaudí
アントニ・ガウディ <<大学講堂:横断面>> 1877年10月22日 縮尺:1/50 卒業設計(建築家資格認定試験)
化繊紙に鉛筆、水彩、グアッシュ 65 x 90 cm カタルーニャ工科大学バルセロナ建築学部ガウディ記念講座蔵
©Càtedra Gaudí

第2章では建築家として成功した円熟期のガウディが紹介されています。この時期の作品はグエル公園やカサ・ミラ、カサ・バトリョなどが紹介され、カサ・バトリョの扉などの建具や、家具なども展示されています。ガウディが作り出した(表した)緩やかな曲線の根拠をたどることができます。彼が自然のどのような要素からこの優雅な曲線を導き出したか、また、どの自然がどのような形で芸術となりえたかを考えることができ、凄くわくわくしました。ヘーゲルやシェーリングが、芸術美を自然美に先立つものと考えた理由が少しわかるような気がしました。ガウディによって眠っていた自然は自らの美を覚醒させざるをえなかったのですから。ガウディの目と感性と手を通じて、そしてそれを媒介にして立ち現れる自然の美しさ―。貪るように惹かれる一時でした。

井上氏は、ガウディから「自然からインスピレーションを受けてモノづくりを進めていること、そこにある純粋かつ自由な心を学んだ」といいます。そして展覧会に来た人たちが見終わった後、それまで気にもとどめなかった植物の形の面白さに気がついてくれればいいなと思っているそうです。

アントニ・ガウディ <<カルベー氏執務室肘掛椅子>> 1899年 樫材 101 x 67 x 57 cm製作所:カザス・イ・バルデス工房 カタルーニャ工科大学バルセロナ建築学部ガウディ記念講座蔵 ©Gasull Fotografia
アントニ・ガウディ <<カルベー氏執務室肘掛椅子>> 1899年 樫材 101 x 67 x 57 cm製作所:カザス・イ・バルデス工房 カタルーニャ工科大学バルセロナ建築学部ガウディ記念講座蔵 ©Gasull Fotografia

第3章ではガウディが一生をかけて心身を尽くしたサグラダ・ファミリアが取り上げられています。31歳の若きガウディは、それから131年が経つ現在にも完成されないほど壮大な建築物に着手するようになります。自分の依頼主は神だと捉えたガウディは、この聖堂に自分の人生と魂を捧げました。サグラダ・ファミリアは、ガウディの魂が現れる場といえるでしょう。展覧会ではガウディのスケッチや、模型などを見ることができ、模型を元に仕事をしていたガウディに出会えることができました。戦争によってわずかに残っていた資料も喪失されてしまいましたが、その復元模型とガウディの弟子が残した完成予想図を分析することによって、ガウディの意志に沿ったサグラダ・ファミリアを完成すべく今も工事が進んでいます。完成目標はガウディ没後100年となる2026年だそうです。

2026年を目標に今も工事が進んでいるサグダラ・ファミリア
2026年を目標に今も工事が進んでいるサグダラ・ファミリア
<<サグラダ・ファミリア聖堂模型>> 石膏、シアノアクリレート 52 x 45 x 52 cm 制作:サグラダ・ファミリア聖堂模型室 サグラダ・ファミリア聖堂建設財団蔵 ©Junta Constructora del Templo de la Sagrada. All rights reserved.
<<サグラダ・ファミリア聖堂模型>> 石膏、シアノアクリレート 52 x 45 x 52 cm 制作:サグラダ・ファミリア聖堂模型室 サグラダ・ファミリア聖堂建設財団蔵 ©Junta Constructora del Templo de la Sagrada. All rights reserved.

 

展覧会の始まりが井上が描く幼きガウディだったように、最後も井上の絵で締めくくられていました。個人的に、この絵が最も印象的でした。2-3分程度立ち止まって見てしまいました。この絵は冊子にものっていないので、ぜひ生で見ていただきたいです。

しかし惜しい点もありました。何よりもまず、「なぜ井上雄彦でなければならなかったのか」という理由づけがないことが残念です。どうしても、今も大人気な漫画家である井上氏なら建築物や美術に興味がない人も引っ張れるという計算によって選ばれたような気がして仕方がありません。もちろん芸術産業も慈善事業ではなくお金が絡むことですから、仕様がないかとは思いますが、せめて納得いく理由づけをしてもらわないと、せっかくのおもしろい企画が台無しになってしまいます。漫画やアニメといった産業が拡大されるにつれて、様々なものにサブカルチャー要素が絡んでくることに疲れを感じるのも事実です。どのような芸術も一般の人々と通じ合うべきと強く信じているわたしでさえもそう感じていますから、このように思う人は多いと思いますね。余談ですが、実際足を運ぶまでは、昨年度に同ギャラリーで開かれたLOVE展のような感じだろうと思ったので期待度も低かったです。

井上氏はデッサンが非常に上手な方で、漫画のシーンを絵画作品のように描く方です。いかに効率的かつ経済的絵を描くかが重要視される殆どの商業漫画とは異なって、井上氏は細部までこだわった繊細さがわかります。彼は大衆の心を鷲掴みにするほど親しみやすい漫画家でありながらも、芸術的なこだわりの強い一人の芸術家でもあるのです。このような点で、彼はガウディに似ているかもしれません。ガウディは、井上のように親しみやすさと芸術性を両方備えていますからね。

建築家の光嶋裕介は、ガウディと井上雄彦のコラボレーションに対し、「ガウディの建築を通して、その奥底にある自然の理に井上雄彦が共鳴し、建築の向こう側にある何か言語に回収されないものをたしかに発見しようとしている」と述べています。井上自身、ガウディとの共通点は、「完成を急がないこと」だと言ったそうです。ガウディと井上雄彦。不思議な組み合わせですが、確かに作品への向かう姿勢や大衆性と芸術性の両立といったような点では共通点を導き出すことができます。

井上雄彦<<ガウディ壮年期>> 2014年 ©I.T.Planning
井上雄彦<<ガウディ壮年期>> 2014年 ©I.T.Planning

だがしかし、このような説明では、井上雄彦がガウディの生涯を描かなければならなかった根拠にはならないと思うんですね。「漫画家と建築家。思いの寄らない異分野のトップランナーを掛け合わせると、どんな世界が見えてくるのか」という思いから井上氏に依頼したという日経BPインフラ総合研究所プロデューサーの高津尚吾によると、井上氏は最初「なにができるかわからない」と言いながらこの企画を引き受けたといいます。高津氏は、明確なゴールを定めるような仕事の進め方をせず、漫画の中のキャラクターが自然とストーリーをつむぎ出すまで待つ漫画家だと井上氏について述べています。だから「何ができるかわからない」という井上氏に不安がなかったことを間接的に指し示しています。私はこれを読んで「いったい何を考えたんだ」と思いました。日本といえば漫画→漫画家の中で誰を選ぼうか、という流れで井上雄彦が選ばれたということでしょうし、そもそも彼自身はガウディや建築とさほど関連がない人でした。だからこそ、この二人のコラボレーションの斬新さは際立ち、おもしろさもあるのですが、「井上武彦ではなければならなかった」というそれらしき理由づけを作ってほしいところです。

集客率が約束される大人気作家であるという経済的な面を抜きにしても井上氏が選ばれただろうかという疑問がどうしても残ります。正直、自然に敬意を払った日本の芸術家の作品や、自然から神聖を見出す思想家の言葉を集めて書道家に書いてもらうなりしたほうがよっぽど自然だと思いますね。意外な組み合わせである分、この組み合わせではなければならなかった理由づけはしっかりしてほしいです。たとえそれが嘘であろうとしても構いません。ただおもしろそうだからという理由は、どうもポストモダン的な「耐えられない軽さ」を感じずにはいられません。

そして二点目は、とてもこまかいことですが、気になったので書かせていただきます。展覧会というより冊子に対しての不満です。ジャウマ・サンマルティと井上氏の対談のページ(52-55頁)を読んで思ったことですが、翻訳体の文章が少し不自然でした。通訳された方の言葉を忠実にのせたか、それとも翻訳された方の文章なのかはしりませんが、ところどころ気になるところがありました。

とはいえ、この展覧会、行く価値は十分にあります。いや、むしろ行くことをおすすめ致します。日本ではどうも美術館が敷居が高いものとされ、「遊び」が足りないものが多いですが、誰でも気楽に芸術に出会うことができる楽しい空間でした。時空およびジャンルさえを超えて日本の芸術家の目線に映ったガウディを楽しめる機会はなかなかありませんから。井上雄彦というフレームを通して私たちに立ち現れる人間ガウディの姿は非常に魅力的です。

漫画、建築といったジャンル分けは人間的なものです。しかし、そういったジャンルの枠を超えて芸術家の魂は生きています。この展覧会では、「生きた芸術の魂」を見せようとする試みが感じられました。建築家というより芸術家としてふさわしいガウディの建築物は、それ自体芸術作品として完結しながらも同時に開かれ、人々と対話し続けています。ガウディの魂が生きており、ガウディが見た崇高な自然、そしてそのような自然を可能にする創造主である神の業が生き生きと姿を現しています。

漫画家という以前に芸術家でもあるといえる井上氏も同じようなことが言えます。漫画といえば、芸術好きを名乗る人からすると少しレベルの低いものと考えられがちですが(ちなみに私はそういった傲慢さが嫌いです)、井上氏の絵は単純にストーリーテリングのためのお絵描きを越え、それ自体で芸術となっています。正直にいうと、私は漫画をほぼ読まず井上氏の作品も同様に全部読んだわけではないので詳しく述べることはできません。だが、彼の作品に生き生きと生きる登場人物と彼らが作り上げる世界、そして繊細かつ洗練された絵は、消費文化を越えて芸術の範囲に属すと言ってよいだろうと思います。

また、遠い国の崇高な芸術として扱われるガウディの作品に親密感を加え、生きた芸術とした点でも評価できます。ガウディは芸術作品を作ろうとしたわけではありません。そのようなガウディ本来の精神を忠実に表そうとした試みが感じられました。企画者側が主張するように「ガウディの原点に触れる展覧会」です。特に子供がいる方はぜひ一度は足を運んでいただきたいです。身近なものとして芸術に触れ合うきっかけになると思います。

ガウディの優雅な曲線をみていると、ある言葉を思い浮かべました。「自然の中にあるものは全てが曲線だ。そこに直線はない」と言った小学校のときの美術の先生の言葉を―。


 

【展覧会情報】

gaudinoue

展覧会名:『特別展 ガウディ×井上雄彦 -シンクロする創造の源泉-(Takehiko Inoue interprets Gaudi’s Universe)』(公式ホームページ
会期:2014年7月12日(土)~9月7日(日)※会期中無休
開館時間:午前10時~午後8時(最終入場午後7時半)
会場:
森アーツセンターギャラリー(東京・六本木ヒルズ 森タワー 52F)
〒106-6150 東京都港区六本木6-10-1
交通案内
東京メトロ 日比谷線「六本木駅」1C出口 徒歩0分(コンコースにて直結)
都営地下鉄 大江戸線「六本木駅」3出口 徒歩4分
都営地下鉄 大江戸線「麻布十番駅」7出口 徒歩5分
東京メトロ 南北線「麻布十番駅」4出口 徒歩8分
詳しくは六本木ヒルズへのアクセスをご覧ください。
公式HP: www.gaudinoue.com  facebook  twitter
主催: 東映、テレビ朝日、BS朝日、朝日新聞社、森アーツセンター
共催: AUREA、カタルーニャ工科大学建築学部ガウディ記念講座
後援: スペイン大使館、J-WAVE、セルバンテス文化センター東京
協賛: 木下グループ 木下工務店
協力: サグラダ・ファミリア聖堂建設財団/聖家族贖罪教会文書館/カタルーニャ財団 ラ・ペドレラ/アイティープランニング/日経BP社/
ローソンチケット/エールフランス航空/メディアパートナー アメーバピグ、Antenna
監修:
ジャウマ・サンマルティー(カタルーニャ工科大学バルセロナ建築学部ガウディ記念講座所長)
日本側学術監修 鳥居徳敏(神奈川大学教授)
展覧会公式ナビゲーター:光嶋裕介(建築家)
巡回情報:
金沢21世紀美術館、 2014年 10/4(土)〜11/5(水)
長崎県美術館、 2014年 12/20(土)〜2015年 3/8(日)
兵庫県立美術館、 2015年 3/21(土)〜5/24(日)
せんだいメディアテーク、 2015年 6月3日(水)〜7月12日(日)

 

【関連書籍情報】―井上雄彦が見たガウディが感じられる本

マガジンハウス編 「THE GAUDI PILGRIMAGE 井上雄彦とガウディ巡礼」『Casa BRUTUS(カーサ・ブルータス)』 マガジンハウス 2014
井上雄彦 『再訪 井上雄彦 pepita3』 日経BP社 2014
井上雄彦 『pepita 井上雄彦meetsガウディ』 日経BP社 2012

思いもよらない展覧会「ガウディ×井上雄彦―シンクロする創造の源泉―」@六本木ヒルズ森アーツセンターギャラリー” への3件のフィードバック

  1. その展示会テレビで見ました。何百年もかかる建築物って、完成を急ぐのではなく、完成を試みる。そこに漫画とは、最も日本らしい対応ですね。素晴らしい。

    1. 匿名様

      コメントありがとうございます。そして返信が遅くなってすみません。
      >>完成を急ぐのではなく、完成を試みる。
      この考え方とても素敵ですね。「私の依頼主は完成を急がない」というガウディの言葉が胸に響きました。

      漫画と純粋芸術のコラボ。日本以外ではなかなか成立しないでしょうね(^-^)

  2. […] 日本スペイン交流400周年の記念イベント、「ガウディ×井上雄彦 -シンクロする創造の源泉」を覗いてきました。Adobeや様々なデジタル・ツールが安価で使える現在において、「創造」とは一体何でしょうか。写真、映像、そして音楽、10年、20年前には一部のプロしか作ることができなかったコンテンツが現在では個人でも十分に作成できる時代になりました。 […]

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