レオナルド・ディカプリオが主演として活躍した「ウルフ・オブ・ウォールストリート(THE WOLF OF WALL STREET)」という映画を見たことがありますか?この映画は、ディカプリオとマーティン・スコセッシ監督の5度目のタッグで注目されましたね。また、アカデミー賞には受賞できなかったものの、第71回ゴールデン・グローブ賞のミュージカル/コメディ部門で主演男優賞を受賞し、話題の中心にある映画でもありましたね。
アメリカ金融業界の生態を映し出す『ウルフ・オブ・ウォールストリート』


amazon.comから引用
この映画は、実在する人物、ジョーダン・ベルフォートの回想録、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』を基にして作られました。ベルフォートの成功談を共有していくうちに私たちは、ストラットンオークモンド社という投資会社を通してウォールストリートの底辺から頂点に至るまで知り尽くすことになるでしょう。もちろんアメリカの不思議な金融業界の生態についても垣間見ることが出来ます。
映画は、ベルフォートとストラットンオークモンド社の社員たちが会社内でヘルメットを被った小人でダーツをやる場面から始まります。競馬場やワールドカップなどを思い浮かばせるほど場は熱く盛り上がっています。叫び、興奮、熱気などが生々しく伝わって来ます。どうもオフィスの中で行われたことだとは思えません。この熱い雰囲気はすぐにベルフォートの回想のシーンに変わることで一転します。同時に私たちも夢を抱いた24歳の青年であったベルフォートが欲望に満ちた街、ウォールストリートに足を踏み入れる1987年に遡ります。
若いベルフォートは、愛する妻のためにお金を稼ぐべく、投資銀行であったLFロスチャイルド社で株式仲買人として働き出します。そこで彼は、彼の人生を変える先輩、マーク・ハンナ(マシュー・マコノヒー)に出会います。仕事に慣れない研修初日のランチタイム、ベルフォートは、マークに連れられておしゃれなレストランで食事をします。
腐り切ったウォールストリートを象徴的に表すマーク・ハンナ
マーク・ハンナは、ウォールストリートを象徴する人物です。彼は、高年収のエリート、経済の最上階に君臨する人物のように見えます。紳士的に見えるマークは、上等なスーツを着て、おしゃれなレストランで高いワインと食事を頼みます。しかし彼が取る行動は、エリートにもおしゃれにも見えません。仕事が始まったばかりの昼からお酒を飲み、コカインを吸って、胸を叩きながら変な歌を歌います。私にはその姿が蔓に両手を包ませて、しがみ付き、木から木に体を移しまわるジャングルの中のターザンに見えました。光り輝くシャンドリエの粒々、テーブルとテーブルの間に流れる上品な音楽、精一杯着飾った紳士淑女、彼らにワインを注ぐ洗練された制服のスタッフたち・・・その中で同じく着飾った紳士が行う行動は日光の猿よりも野蛮に見えたのです。


マークは、「お客さんのお金が儲かれば私たちの利益にも繋がる」という、まだ純粋さを残しているベルフォートの発言を嘲笑い、ウォールストリートの実態について語ります。投資家は、投資する会社の未来を考えて投資するのではなく、投資を通してお金を儲けることが目的です。しかし、株式仲買人の究極の目的は、顧客にお金を儲かあせてその収益を分けるのではありません。むしろその収益をまた違う株に投資させることによって手数料を取ることです。それゆえ、株の取引における本当の勝ち組は、株で大金を手に入れた人ではなく証言会社です。株の取引にはかならずリスクが伴います。しかし、証券会社は、顧客が収益をあげようが、失おうが、取引の数だけ手数料を手にいれられます。そういった意味で、株式市場は、カジノやパチンコと同じようなギャンブルです。株式仲買人として一歩を踏み出したベルフォートに向かってマークは言います。この狂った世界を生き抜くために必要なものは二つ、セックスとコカインだと。本当に狂ったような発言ですが、そんなマークを見る若いベルフォートの顔は、少し戸惑いながらも興味が湧いているように見えました。スコセッジ監督は、マーク・ハンナという人物の口から、得体のない投資社会の実態を私たちに見せ、ベルフォートの未来を予測させていますね。
ペニーストックを売るようになるベルフォート
ある日、この青年に転機が訪れます。「ブラック・マンデー」と呼ばれる株価大暴落によって、ロスチャイルド社はなくなってしまい、職を失ってしまったのです。ベルフォートは、ロング・アイランドの小さい会社に再就職しますがこの会社、どうも怪しいです。ガレッジのような場所でスーツではなくラフな身なりをした人たちが働いています。パソコンもありません。怪しさに惑わされ、迷っているベルフォートですが、この会社で扱っているペニーストック取引の高い手数料に驚かされます。ペニーストックとは、一株5ドル以下で安く、証券取引市場の上場基準を満たさない株です。もちろんリスクは極めて高いので、主な顧客は、お金のない人たち、知識のない人たち、いわば社会的弱者です。しかし取引を成功させてブローカーが手に入れられる手数料は、なんと収益の50%です。NASDAQなどの取引手数料が1%なのに比べると天と地の差、月と鼈です。ベルフォートは、その場で、顧客に電話をかけ、ある怪しい会社の株を売りつけます。そしてペニーストックの取引者になった彼は、大金を手に入れます。夢と情熱を抱いた彼がギャンブルの世界になれていく姿が、毎日の生活に慣れていく私たちに重なって見えて、何とも言えない気持ちになります。苦くて、甘くて、渋いながらも、落ち着く安堵感といいましょうか。
そんな彼にドニー・アゾフ(ジョナ・ヒル)という変人が近づいてきます。ドニーは、ベルフォートの格好良い車に惹かれて声をかけてきた人物です。羨ましいかったでしょうね。彼はベルフォートの仕事と給料を聞いてその場で自分が勤めていた会社をやめてベルフォートの下で働くことを決めます。その日、ベルフォートはドニーからコカインをもらいます。とうとう彼もあのマーク・ハンナの歩んだ道に入ったようで心配です。コカインに漬けられてヘロヘロになって走り出す二人の姿がこれからの未来を暗示していますから。

詐欺まがいの営業の上に建てられたストラットン・オークモント社
ベルフォートは、ドニーと共に証券会社ストラットン・オークモント社を立ち上げます。そして社員を集めるために地元の友達に誘います。高校もまともに出てない友達や、クスリの商売人など、金融業界にも、エリート・コースともまったく無縁な人たちばかりです。彼が特に欲しがっていた人物は、ピーター・デブラシオ。なぜベルフォートが彼をほしがるのかは、次のシーンで明らかになります。
ベルフォートは彼に、自分が持っていたペンを渡して、自分にそのペンを売るならなんというつもりかを聞きます。ピーターの答えは、シンプルです。ベルフォートに紙を渡して「ここにサインしてくれ」というのです。需要を生み出すことで供給を売りつけることができるというのでしょう。ベルフォートが株や金融の知識がない、一見学問やキャリアのない彼らを集めた理由は一つです。株式取引を成功へと導くのは、詐欺まがいの営業術にあると考えたからです。


量産されていく新しいマーク・ハンナたち
ベルフォートのやり方は見事に当たりました!ピーターをはじめとする地元の友達は立派なブローカーとして成長し、ビジネスははかどり、会社はどんどん大きくなっていきます。しかし、それを彼のそばで見てきたベルフォートの妻は心配です。彼女は、「なぜ貧乏な人たちだけから投資を受けるの?なぜお金持ちからじゃない?」と問います。貧乏な人たちは失敗すると生きていけないけれど、お金持ちは少しの失敗はそれほど痛くないですからね。ベルフォートは、心の中で答えます。「なぜかって?お金持ちはペニーストックに投資するほどバカじゃないんだ!」と。同時に、彼は考えます。「お金持ちにペニーストックを売りつける方法はないか?」と。
そこで彼は、賢いお金持ちにバカな取引をさせる方法を見つけます。まず、ディズニーやAT&T社といった優良株を投資家に仕向け、信頼を築いた後、ペニーストックを売りつけるのです。そして地元の友達にも自分のセールストークの原稿を与え、教育します。要するに、如何にしてバカなやり取りを賢いやり取りだと思わせるかという方法を教え、身に付けさせるのです。賢い人を騙して金を奪い取るための術を。彼の読みはあたっていて、会社はどんどん大きくなっていき、1000人の社員を雇うほど成長していきます。そして詐欺、女、麻薬、セックスなどに溺れての生活が続くようになります。思い浮かびますか?ジャングルの中で「あーあああー」と叫びまわるタージャンを浮かばずにはいられなかったあのマークの姿を。


表ではウォール街の狼と呼ばれる若手カリスマ社長。しかし「The Wolf Of Wall Street」を成り立たせているのは、違法行為、騙し、麻薬、セックスといった限りなく汚いものでした。にもかかわらず、ストラットンオークモンド社には入社希望者が殺到し、ベルフォートの部下たちは彼を尊敬しやまないです。彼らがベルフォートに送る羨望の眼差しは、富、権力、そして欲望に従った甘い生き様に心強く惹かれるのは私たちの眼差しなのかも知れません。彼の優れた頭がお金を生み出すことに向けられ、その過程で「悪い」ものがあるとしても、ベルフォートが言うように貧困の中に高貴さなどはないかもしれませんね。だから人はネクスト・ベルフォートを夢見て、電話の前でファッキング・テロリストになるのです。
犯罪者に転落しながらも、狼であり続けるベルフォート
~マーク・ハンナは死なない~
(C) 2013 Paramount Pictures. All Rights Reserved.

もちろんベルフォートやその連中を待っている未来が、ずっと明るいわけではありません。パトリック・デナム調査官(カイル・チャンドラー)のFBI捜査をはじまり、数多くの違法行為を通して積み上げた富は危険にさらされます。ベルフォートの努力にもかかわらず、彼を待っている結末は、予測通りです。狼の帝国は滅び、ベルフォートはウォール街の狼から犯罪者に転落させます。
しかしここで映画は終わりません。刑務所の中でベルフォートは、「お金がすべてを支配する」ということを再び悟ります。刑務所から出た後、彼はお金を稼ぐ方法の講演会を開きます。堂々とした姿で会場に現れた彼は、かつてピーターに投げかけた質問、「あなたならこのペンをどうやって売りつけますか?」を若い青年に投げかけます。欲望の熱意に満ちている講演会の参加者たちは、羨望の眼差しでベルフォートの話を聞いていますね。そしてエンディングを飾ったのは、彼の昔の上司、マークが歌っていた変な歌でした!笑ってしまいましたね。見事に表現されたアメリカン・ブラック・ユーモアでした。
この映画には、麻薬と乱交パーティーといったような刺激的な場面がしつこいほどたくさん登場します。いくら刺激的なシーンで観客の気を引くハリウッド映画とはいえ、あまりにも酷いです。映画の初めのシーンである小人ダーツもそうですが、3時間といった長い上映時間のほとんどは、麻薬と乱交シーンが占めています。会社内に売春婦たちを呼んで乱交パーティーをしたり、女性の営業担当者に豊胸手術のために1万ドルを与え、頭を丸刈りにしたり、会社・自宅・飛行機・ヨットなど場所を問わないクスリ漬けのシーンが続きます。社員たちを先導するベルフォートの姿はまるでカルト宗教の教祖のようにも見えます。社員はお金という欲望に目が暗んでおり、ベルフォートを盲目的に信じて賛美しています。ここまでくると、スコセッジ監督がこのようなシーンをカットしなかった理由がわかります。お金という欲望の罠にはまったベルフォートをしつこく赤裸々に映し出し、私たちにアメリカの市場主義経済に対する嫌悪感を感じさせる、同時にそのような生活に憧れてしまう私たちの浅はかさを嘲笑いたかったのではないでしょうか。



リーマンショックを通して、アメリカ市場主義は危機を迎えたにもかかわらず、今も経済万能主義が蔓延としています。ギャンブルのような証券会社は、今も大人気の職場で多くの就活生を魅了しており、21世紀を生きる私たちはお金という実体を持たない権力の下で生きています。お金のためなら犯罪でさえも犯す人々が数え切れないほどいるし、誰しもが「お金持ちになりたい」という願望に振舞わされます。何よりも悲しいのは、映画で語られるものがすべてフィクションなのではなく、現実に基づいていること、そしてお金が支配する世界は、人間の欲望によって、これからもずっと続くであろうということでしょう。実は、私にもあります。その欲望。
p.s. レオナルド・ディカプリオの演技は本当に素晴らしいですね。アカデミー賞を受賞できなかったのはとても気の毒です。しかしこの映画を通じてディカプリオは、その演技力とスター性を再び証明しました。ディカプリオは、『キャチミー・イフ・ユーキャン』からこの手のキャラクターにこだわっていますが、その頂点はおそらく「ジョーダン・ベルフォート」でしょう。
金が物を言うという言葉がありますが、今、金の奴隷になって金に振り回されたくはないですね。にもかかわらず金は要ります。バカにバカ扱いされないために…
由紀様
コメントありがとうございます。そして返信遅くなって申し訳ありません。
そうですね。金が物を言う時代ですものね。人間が手段になってお金が目的になるのは寂しい現象ですね。資本主義の宿命かもしれませんが…