マーベル・コミックスの沈滞期および、アメリカン・コミックの危機
アメリカン・コミック業界で革命を起こしたミラーを失ったマーベルは、DCに圧倒的に押され始めます。1986年ロン・ペレルマンがマーベルコミックを買収して以来、マーベルは攻撃的なマーケティングを始めます。おもちゃや文房具など子供向け事業を広めて行きましたが、倒産の危機に直面します。一体マーベル・コミックスには何があったのでしょう。
フランク・ミラーをDCに奪われたことでマーベルの危機は表面化されましたが、それだけではありませんでした。1970年代後半から1980年代にかけてマーヴ・ウルフマンやスティーブ・ガーバー、ジャック・カービーといったマーベルの主要コミック・ライターたちは、独立系出版社に移ってしまいました。マーベルを離れ自由に物語を描けるようになった彼らはますます有名になりますね。しかし、これらはまだ予告にすぎません。本当の問題は、1980年代半ばに起きました。自分たちが書いたマーベル・ヒーローたちの物語の多くの部分が削除されたり変更されたことに不満を持った元マーベル・コミックス/DCコミックスのコミック・ライターたちは、しばしばマーベル・コミックス/DCコミックスと衝突するようになるのです。後に、アラン・ムアーやフランク・ミラーのように有名コミック・ライター、独立系出版社もこの論争に加わり、マーベル・コミックス/DCコミックスの多くのコミック・ライターたちは、マーベル・コミックス/DCコミックスから独立し、自分たちの会社を設立します。マーベルはコミックスの著作権を会社が持つので、会社ではないライター自身が著作権を持つというシステムを始めるのです。それが、イメージ・コミックスの始まりです。
繰り返される事業拡張の失敗、テレビ市場の活発化に伴うコミックス業界の不振、主要コミック・ライターたちの独立によって破産手前にあったマーベルは、スパイダーマンやXメンなどの版権をフォックスやソニーなどの映画会社に売ってしまいます。だからアベンジャーズにスパイダーマンはいないのです。今となっては少しもったいない気もしますが、当時のマーベルは、映画の制作会社に力を入れて復活を試みるほどの余裕はありませんでした。よって、映画会社にキャラクターを提供することは、そのロイヤルティーをもらうと同時に、もし成功すれば、キャラクターを使ったフィギュアなどのおもちゃも売れるチャンスが得られる、一石二鳥の選択だったでしょう。

マーベルは、当時このようなフィギュア事業のために映画の版権を売った。
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プラットフォームの多様化にも関わらず、マーベルは経営不振に苦しんでいました。そのようなマーベルを救ったのは、彼らが長年の間作り上げてきた1万人以上のキャラクターでした。2005年、メリルリンチは、マーベル・キャラクターを担保に5億2500万ドルを貸しました。マーベル・コミックスはこの資金を用いて、2007年、、マーベル・スタジオを設立し、マーベル・ユニバースのヒーローたちを活用した映画制作に入ります。
社会的なトレンドを読んだマーベルのスーパーヒーロー物語は大ヒットしました。今一番人気のスーパーヒーローといえば、スパイダーマンとアイアン・マンだと思います。(ほかのヒーローのファンがいたら、すみません)ニューヨークの小市民のスパイダーマンと、資本主義の象徴であるアイアン・マンが観客から最も支持される理由は、時代を上手く反映しているからだと思います。
スーパーヒーロー(アメコミヒーロー)映画の成功と9・11テロ
スーパーヒーローたちが紙面だけではなく、スクリーンで大活躍するようになったのは、2000年代に入ってからでした。ハリウッドが本格的にコミックスのヒーローたちを映画化したのは、1978年「スーパーマン(Superman)」からですが、「スーパーマンⅢ(Superman Ⅲ)、1983」、「スーパーガール(Supergirl)、1984」の大失敗以来、長い沈滞期に入っていましたね。投資者を探すのも大変なほどだったそうです。なぜ2000年代に入って、スーパーヒーローがコミックを超えて映画で活躍するようになったのでしょう。


2000年代は、スーパーヒーロー物語の需要が大きくなり、多くのスーパーヒーロー映画がメガヒットしますね。スーパーヒーローの映画化の可能性を示したのは、「X-メン(X-Men)、2000、興行収入:2億9625万ドル)」でした。しかし、スクリーンでのスーパーヒーロー全盛期を開いたのは間違いなく「スパイダーマン(Spider-man)、2002」でしょう。スパイダーマンの興行収入は、8億2170万ドルでした。「スパイダーマン」の驚くべき成功は、映像技術の発展によって非現実的なスーパーヒーローの姿を現実的に写せるようになったことももちろん関係しますが、それよりも大きい原因は、2001年の9月11日におきたアメリカ同時多発テロ事件だと思いますね。
みなさんは、世界貿易センタービルの崩壊の場面を覚えていますか?私は今でも13年前のあの日を鮮明に覚えています。朝目を覚めて見たテレビの9・11テロの映像は、まるでハリウッド映画を見ているようでした。「これは映画ではありません」というリポーターの声がなかったら、それを映画のワンシーンだと思ったかもしれません。



それは、娯楽として消費してきた戦争や暴力が、目の前の現実として現れた事件でした。ハリウッド映画の中の演出のようだった世界貿易センタービルの崩壊の場面は、「テロリストたちがハリウッド映画を見て真似した」という批判から自由になれませんでした。人間の暴力性を非現実的な派手な演出を通じて満たしてきたハリウッドは混乱に陥りました。テロを連想させる暴力的なシーンが含まれる多くの映画は、公開を延期し、ニューヨークを舞台にしていた「スパイダーマン」や「メン・イン・ブラック」は、ロケ地を変えざるを得ませんでした。映画「ラスト・キャッスル」は、星条旗が逆さまになっていたポスターを変えましたし、政治ドラマ「ウェストウィング」は、前後のストーリーを無視したテロに関するエピソードを放送しました。
日本の3・11東日本大震災を思い浮かべてください。震災直後、多くのテレビ番組は、自粛モードに入りましたね。CGだと信じたい津波のシーンや被災地の画面を繰り返し見せられ、これが「現実」だとなんども思い知らされましたね。そんな中、お笑い番組が次々と復帰したときは、「これで元に戻ったんだ」ととてもほっとしました。不安感を紛らわすために渋谷や新宿などの都心地に足を運ぶ人も多かったですね。私は当時、アパレルでアルバイトをしていたのですが、予想をはるかに超えるたくさんのお客さんがいらっしゃったことを覚えています。また私たちは、「がんばれ、福島!」、「がんばれ、日本!」と自らを慰めながら互いを元気づけ合いしたね。私は、一つになっていく日本を実感しましたし、「日本のこれからの可能性」を強く感じました。

悲しむ「自由の女神像」
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アメリカもそうでした。9・11の直後のアメリカの大衆文化は、自省的、愛国主義的な側面が目立ちます。しかし、国全体は自粛モードに入りながらも、重い現実から逃避したい気持ちから、どこかでエンターテインメント要素を求めますね。2002年公開した「スパイダーマン」は、メシア願望が高まっていたアメリカ人を慰め、勇気づける作品でした。前の記事で話したように、スーパーヒーローは近代国家であるアメリカの国民を結束させる「現代の神話」ですから、愛国主義的な前提ではじまる物語です。なお、単純化された善と悪の対立と勧善懲悪思想を最先端の映像技術を通して描くエンターテインメント要素も非常に強いです。「スパイダーマン」は、9・11という悲劇を味わったアメリカ人に、重たくない愛国主義を唱え、笑いと感動、安心を与える作品だったのです。



「スパイダーマン」のメガヒット以来、たくさんのスーパーヒーロー映画が制作されました。クリストファー・ノーラン監督のバットマン3部作(「バットマン ビギンズ(Batman Begins)、2005」「ダークナイト(The Dark Knight)、2008」、「ダークナイト・ライジング(The Dark Knight Rises)、2012」の悪役たち―ラーズ・アル・グール、ジョーカー、ベイン―は、犯罪者というよりはテロリストに近いです。ジョーカーは、お金には興味を持たず、混沌そのものを追求する人物です。彼は無政府主義者を連想させる点で、ウサマ・ビンラディンに似ています。ベインは、自らを革命家だと名乗っています。

トニー・スパークは、テロリストたちから逃げるためにマーク1を制作した
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マーベル・スタジオが初めて制作した映画「アイアン・マン(Iron Man)、2008」はどうでしょう。アイアン・マンでは、直接的な敵としてテロリストたちが登場します。トニー・スパークを囲み、新武器を作るように脅迫する悪役たちはタリバンを連想させるアフガニスタンのテロリストたちです。トニーは、彼らから脱出する過程でマーク1を制作しましたね。アイアン・マンは、5億8517万ドルの興行収入を記録し、マーベルの映画制作の成功的な出発を告げました。
ここでマーベルの力になってくれるもう一つの会社が登場します。ディズニー・スタジオです。長い間不振に苦しんでいたディズニーは、将来性のあるキャラクターの著作権を持った会社を買い占めていました。そのようなディズニーにとって、たくさんのキャラクターを保有しているマーベルは魅力的でした。2009年、ディズニーはマーベルを買収します。幸いに、制作はマーベルに任せてくれました。ディズニーの資本とマーベルのクリエイティビティが結びつくことによって、マーベルの強勢が続いているのが現状です。マーベルの活躍に負けぬようDCコミックスの映画も新たな革命が起こるかもしれませんね。
2010年代半ばには、アメコミヒーローの世界征服がはじまる?
ゴールデン・エイジ、シルバー・エイジ、ブロンズ・エイジ&モーダン・エイジ、そしてこの記事を通して、アメリカン・コミックの歴史を辿り、アメリカン・コミック特有のスーパーヒーローが世界に広まった過程を見てきました。2000年代がアメコミヒーロー映画の成功の始まりでしたが、今までは長年の歴史の中で積み上げてきたヒーローたちの魅力を知ってもらうためのプロローグにすぎませんでしたね。おそらく、マーベルが予想しているアメコミ・スーパーヒーローの全盛期は、「アベンジャーズⅡ(アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン)」以降からだと思いますね。

今回の「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー」も、次回の「アベンジャーズⅡに向けて、非アメリカ人である人々に、アベンジャーズのリーダーであるキャプテン・アメリカの魅力を知ってもらい、彼がリーダーであるべき正当性を与えるための予告編だと思います。マーベル・ユニバースの映画化の予定は、2026年まで決まっているといいますから、これからは、日本でもアメコミの話についていけない人はほぼいなくなるでしょうね。
それでは、また明日、私たちがこれから来るであろうアメリカの愛国主義の表象であるスーパーヒーローたちの世界征服?をどのように見るべきかについて、考えてみましょう。
[…] 1、2、3、4を通して探ってきたように、現代の神話であるアメリカン・コミックスのスーパーヒーローたちは、アメリカの戦争の不安感から生まれたアメリカの社会を反映しながら成長しました。よって、アメリカの時代背景や愛国主義を抜きにスーパーヒーローを語ることはできません。しかし、2000年代から今に至るまでのスーパーヒーロージャンルは、コミックスという紙の媒体を超え、映画という媒体が主になって来ていますし、このような現象は2015年公開の「アベンジャーズ2」以降、より加速化すると考えられます。 […]
[…] マーベル・ユニバースもキャプテン・アメリカ同様、アメリカを基にして作られた仮想の世界です。それは、アメリカン・コミックの歴史(アメコミ歴史1、2、3、4参照)や、アメリカの名を背負っているキャプテン・アメリカをリーダーにしていることを見ても明らかでしょう。また、マーベル映画は、アメリカから始まりアメリカ人の手で作られる映画であるため、「アメリカらしさ」を完全に排除することは不可能です。 […]